中林直樹氏(TROVADOR)によるライナーノーツ
   

 日本人アーティストのCDに、本人以外の人物が書いたライナーノーツが付くなんてことはそうないだろうから、これを契機とばかりにざっくばらんにいこうと思う。
 さて、矢舟テツローとはなにものか? ジャズをベースにしたシンガーソングライターでピアニスト。蠍座でB型。ほっそりとした見かけの好男子。今あなたが手に取っているの『FRUITS & ROOTS』は2年ぶりの3作目であり、発売を心待ちにしていた人びとも多いことだろう。というのも、都内のライヴハウス、カフェやレストランなど多くの場所で積極的に演奏を披露しており、その個性に磨きをかけ、たくさんの聴衆から拍手をさらっているからだ。
 では、その個性とは?(という論法で話を進めようとする算段である)よく引き合いに出されるのが、ベン・シドランやジョージィ・フェイムといったアーティストだ。彼らはジャズを血肉としながら、オリジナルな個性を練り込み独自のスタンスで活動している。彼らをジャズミュージシャン、あるいはシンガーソングライター、そのどちらかにすぱっとジャンル分けできるのであれば、話は早い、わかりやすい。ところが、さまざまなジャンルの音楽を取り込み、混ぜ込んでアウトプットしているゆえに、彼らの作品はCDショップでジャズ、もしくはロックのコーナーにあてがわれると、なんだか居心地が悪そうなのだ。でも、そこが面白いのである。
 事実、矢舟自身も彼らの熱心なリスナーであり、先人たちへの敬意も隠そうとはしない。しかしながら矢舟は、ジャンル的にも時代的にも、もっと広範囲にエッセンスを吸収している。ジャズ以外にも、レゲエやスカ、ボサノヴァ、ソウルやブルーズなど、さらに細野晴臣や南佳孝といった日本の優れた音楽家からの影響もある。また、90年代に巻き起こった「渋谷系」ブームを矢舟自身が体験したことも、彼の音楽を知るうえで大きなポイントのひとつだ。
 以上、ここまでが矢舟テツローの音楽の根っこ、つまり「ROOTS」である。
 ではタイトルとなったもうひとつのキーワード「FRUITS」とは? ルーツを通してさまざまな養分を吸収し、育み、果実として実った、そう、ここに収録された楽曲たちのことである。言うまでもないことだろうけど。
 では、その果実のおいしい味わいかたを老婆心ながらお教えしよう。イントロダクションであり、このアルバムの随所に配置され各曲をつなぐ橋渡し的な役割も担っている「BLUES,ROOTS AND FRUITS」。フェードアウトすると、素早く切り込んでくるのが「FRUITS OF THE ROOTS」。いよいよ本編突入といわんばかりの華麗なスタートダッシュ。続く「PLEASE Mr.MESSENGER」は、アメカジフリークという矢舟のもうひとつの側面を覗き込んだみたいだ。「THE SEVENTH SON」はシカゴブルーズの屋台骨を支えた作曲家でベーシストでもあるウィリー・ディクスンの作。ジョージィ・フェイムやその師匠格のモーズ・アリスンもカヴァーしている。その時代時代のヒップなアーティストに好まれる楽曲というわけだ。しっとりとした佇まいを持ち、ソングライターとしての力量を否応なく感じさせる佳曲「君の中の光と影」。ピアノソロ「CAN'T TOUCH THE CLOCK HANDS」で聴けるハーモニーはジャズやポップスという範疇を軽く飛び越える精美な雰囲気をたたえている。過去2枚のアルバムから続くパスタ3部作「ITALIAN TRATTORIA」、ライヴでもおなじみの「九回ウラ二死満塁」とユーモラスな2曲が連続登場。ボビー・ウォマックのカヴァー「IF YOU DON'T WANT MY LOVE」はジャズサンバアレンジで、村松トマとの男ふたりデュエット。二人の男が「愛がいらないなら返して」と歌う様は、ひとりの女性を巡る三角関係を表現しているノ、とは考え過ぎか。追想ソングながらどこかさっぱりしているのは「STANDING ALONE」。この曲でもそうだが、彼の書く楽曲は少しも湿っぽいところがない。そこが洗練された印象を与える秘密なのか。同様に感情を抑えて歌われる「STEPS TO FREEDOM」。この曲は彼の活動の中でも重要な位置を占めるに違いないと思わせる名曲だ。そして断言しよう。この歌にグッとこない人を僕は信用しないことを。本編の最終ページを読み終えたような気分に浸れる「MOONLIGHT MONOLOGUE」。あとがきのような「BLUES,ROOTS AND FRUITS」を耳にして、再び最初からページをめくりはじめるノ。
 ジャジーかつグルーヴィーで、ノスタルジックでもあり、チャーミングでもあり、ユーモアもあって、時には涙腺に働きかけてくる。『FRUITS & ROOTS』、こんな罪深い作品を他には知らない。